
三つの光る読点が示した先は、御詠市立図書館だった。
すずの星図帳では、読点星から細い線が伸び、地下の存在しない階を指している。
祖母・星宮灯子の記録にも、同じ印があった。
《句点ではなく、読点を探しなさい。終わったと記された場所ほど、余白を疑うこと。》
「旧禁書庫です」
すずは閉架図面を広げた。
地下二階の奥、現在の図面では壁になっている場所に、小さな閲覧室が記されている。部屋名は消え、読点だけが残っていた。
四人とテンは閉館後の図書館へ入った。
地下へ降りるほど、棚の分類番号が欠けていく。歴史、地誌、人物記録。背表紙から固有名が消え、《教師》《母》《迷子》《失敗した人》という役割名へ置き換わっていた。
「名前消失事件の進行段階と一致します」
すずが記録する。
「表記が欠け、役割名に置換され、記録が改竄される。この先で、記憶と存在まで薄くなる」
テンは返事をしなかった。
壁の前で尻尾を持ち上げる。読点形の先が淡い光へ触れ、隠された通路が開いた。

「やっぱり知ってるんだね」
しおりが言う。
「知ってることと、言えることは同じじゃない」
「マドカに読まれるからですか」
すずの問いに、テンは目を伏せた。
「言葉にした瞬間、赤字を入れられる。だから、ぼくはずっと読点でいるしかなかった」
通路には分かれ道が続いた。
すずは祖母の地図を照合する。しかし、記録どおりに曲がるたび現在地から遠ざかる。壁へ赤い最短経路が現れ、正しい出口を示すように一直線に伸びた。
マドカの声がする。
「寄り道は記録を濁らせます。目的地だけを残しなさい」
赤い線が地図を切り、迷った道を削除していく。
破れた地図と折れた羅針盤が羽を広げた。巨大な鳥の骨格を赤い最短経路が貫き、目の代わりに方位記号が回る。
ノースレス・アトラス。
鳥が羽ばたくたび、四人の歩いた道がなかったことになる。

すずは新しい地図を書こうとするが、現在地を一度間違えるたび赤字が《迷子》と固定した。
「正しい道を選ばなければ、祖母の記録まで失います」
「でも、その地図は最初から完成してない」
かなでが、書き込みだらけの紙を指した。
灯子の地図には、消した線がなかった。行き止まりにも、間違えた日付にも、小さな注釈が残されている。
ゆいが一本の行き止まりを示す。
《ここで泣く声を聞いた。戻る。》
別の道には、《名前のない少女を出口まで送る。調査中断》。
「おばあさまは、目的地より途中の人を選んだ」
すずは削除されかけた線をなぞった。
「だから遅れた。だから、記録が残った」
地図にない路地では、迷子を道を探す《旅人》と読んだ。
けれど道は、到着した瞬間だけに存在するのではない。迷い、戻り、誰かと歩いた時間まで含めて道になる。
中心語が星図の中央へ現れた。
迷子
すずは最短経路へ背を向けた。
旅路
「目的地に着くことだけが、道の意味ではありません。迷った場所も、戻った時間も、出会った人も、すべて旅路の一部です」
ノースレス・アトラスの翼から、削除された道が星座線となって戻った。
鳥は四人を襲わず、最も遠回りの通路へ一枚の羽根を落とす。

その先に、地図にない閲覧室があった。
部屋には一冊のノートが置かれていた。表紙はなく、赤字で何度も《未完成》と押されている。
最初のページを、しおりが開く。
《これは、名前をなくした少女たちが、ほんとうの名前を探す物語。》
次の行は途中で切れていた。
《そして――》
右下に作者名がある。
《作・円花》
「まどか」と、しおりが読んだ。
空気が赤く裂け、マドカが現れた。
いつもの無表情ではなかった。ノートを見た目に、恐れがあった。

「それは廃棄された原稿です」
「あなたが書いたの?」
「作者は、もういません」
「じゃあ、どうしてそんな顔をするの」
マドカの朱の万年筆が震えた。
テンがノートの前へ立つ。
「今度こそ、終わらせるつもり?」
「あなたは不要な読点です」
赤い削除線が走ったが、テンの尻尾の先だけは消えなかった。
マドカはノートごと閲覧室を赤い表紙で閉じ始める。
四人は飛び出し、しおりは最後の一枚を胸へ抱えた。
図書館の外へ戻ると、夜空の読点星が消えていた。
代わりに、街の上へ巨大な赤い句点が浮かんでいる。
しおりはノートへ書いた。
しおりのノート
迷子 → 旅路
目的地に着くことだけが、道の意味じゃない。 迷ったから見つけた場所がある。 テンは答えを隠していたんじゃない。言葉にしたら消される答えを、読点のまま守っていた。
書き終えた瞬間、御詠市の空から赤い紙片が降り始めた。
紙片の上には、同じ言葉が印刷されていた。
《完成稿》