第1話終電のあとに

文字サイズ17px

終電を逃した夜は、世界がすこしだけ広くなる。

真昼まひるはホームのベンチに座って、行き先表示が消えるのを眺めていた。23時59分。案内板の光が落ちて、駅は急に、ただの屋根つきのコンクリートに戻る。

数字が揃った瞬間、聞いたことのないアナウンスが降ってきた。

「まもなく——ねむりの駅、ねむりの駅です」

来るはずのない電車が、音もなく滑り込んでくる。

ねむりの駅に停まる夜の電車
ねむりの駅に停まる夜の電車

扉が開くと、車内の灯りは月と同じ色をしていた。制帽の駅員がひとり、革の改札鋏を鳴らして立っている。

「お客さま。今夜は、どの夜へお帰りですか」

真昼は答えなかった。答え方を知らなかったからだ。

駅員は困った顔もせずに、鋏をくるりと回した。

「ここは、終電を逃した方だけが来られる駅です。切符は一枚。行き先は、日付でうかがいます」

「……日付」

「いちばん帰りたい夜を、ひとつだけ」

真昼の頭に浮かんだのは、駅名でも、家でもなかった。台所の、蛍光灯の白さだった。

ずるい、と思った。こんな夜に、そんなことを訊くなんて。

「決まったら、おっしゃってください」駅員は言った。「わたしは、カナタと申します」

次の話へ第2話 八月の改札第二夜