ちょうど一年前だったな、1薬2薬が出たのは。
新薬ができましたってな。何年かに一度あるんだ。でも1薬2薬はあらゆる意味で他の薬とは違ってた。
1薬を飲むと知能が上がって2薬を飲むと下がる。言葉にすると簡単だが妙な感じがするもんだぜ。
―――なんのために2薬があるのかって?
さっきその手の質問はナシだって言ったろう。アレの考えていることは俺たちにもわからないんだ。ただそれがみんなにとっていいものだってことは誰も疑わなかった。そういうものなんだ。
新薬の発表があってからすぐみんなの手元にサンプルが届いた。足りなくなったらボタン一つですぐに新しいのが届くようになっている。
―――日本円で? 何度も聞かれると嫌だから今のうちに教えておくが、こっちの国ではもうしばらく通貨が使われていないんだ。なんでもタダってわけ。すごいだろう。でも慣れてしまうとそんなにありがたく感じないものだぜ。最近じゃお金ってのが何なのか知らない子も出てきているらしい。でも考えてみれば、お金って一体なんだったんだろうな、よくわからなくなるよ。あんな紙切れをありがたがって。宗教みたいなものじゃないか。
もちろんすぐに飲んだ。1薬を1錠。友達と一緒に飲んだんだが、思わず顔を見合わせたね。不思議な感覚で、しばらく笑いが止まらなかった。頭がクリアになるっていうか、色んなことが頭の中で整理されていく感じで気持ちがいいんだ。
―――いや、俺たちに仕事はない。なんでもタダだってさっき言ったが、共産主義とは違う。俺たちはただ与えられるだけだ。もちろんなんの責任もないってわけじゃない。みんなそれぞれにちょっとした役割がある。
確かに仕事がないと賢くなってもその使い道がないんだ。たとえ1薬を100錠飲んだってアレの頭にはかなわない訳だし。チェスが強くなるとか口喧嘩で負けなくなるとかそのくらいしか実際にはいいことはないもんだ。
でも精神的には結構大きな変化がある。
賢くなると、それまでの自分の悩みが些細なことに思えてくるんだ。自分の認識している世界が一回り大きくなる感じっていうのかな。だけどいいことばかりじゃない。なんとなく楽しくないんだ。すごく生きやすくはあるんだけどね。世界が少し色あせてしまった感じになる。
そのまま1薬を服用し続けると、見える世界が変わっていって最後には悟りを開いたようになる。こう言うと聞こえがいいけどね。俺の友人はこんな風に例えてた。「人生という映画のネタバレをみてしまった気分だ」って。よく言ったものだと思ったよ。人生が無価値に思える。あれは控えめに言って最悪な気分だ。
その友人はそれが理由で自殺をしたよ。俺がそばにいればなんとかしてやれたんだが。
―――なんてな、冗談だよ。
SFじゃないんだ。そんな展開にはならない。1薬を飲めば俺たちよりうんと賢くなるんだ。自殺なんてくだらない考え、2薬を飲めばすぐに引っ込むってことぐらい簡単にわかるさ。第一、アレがそんな危ない薬を俺たちに使わせるわけがないだろう。
結局人間自分のもともとの知能が一番落ち着くんだ。1薬を飲んだ時の万能感がなくなって少し物足りなくはあるけどな。
―――そうは言っても1薬は今でもたまに使うよ。
自分で解決できない手に負えない悩みを抱えた時に飲むんだ。
飲んだ後の自分が実際的な問題は解決してくれるし、考え方次第みたいな悩みの場合には良い捉え方を考えてくれる。自分の悩みは結局自分が一番よくわかっているからな。それで2薬を飲んでもとに戻れば、どうしようもなかった物事がうまくいったり、少なくとも気持ちが楽になったりするんだ。
1薬と2薬のおかげで、なんていうのかな、みんな少しだけ器用に生きられるようになったんだ。
飲めば悩みがなくなってハッピーになる、みたいな薬があればそれが一番いいんだがな。そんな薬はアレでも作れないんだろう。いや、簡単に作れるけど俺たちのためにならないって考えかもな。
とにかくこれが1薬2薬の正しい使い方なんだってこの頃にみんなやっと理解したみたいだった。
宇宙から降ってきた妙な物体の使い方を地球人たちが知恵を絞って考える、みたいな話が昔あったけど、あんな感じだったよ。でも俺たちの場合、やっぱりそれはみんなの生活をいい方向に変えてくれた。もう1薬2薬なしでどうやって暮らしていたのか思い出せないよ。
でも話はそれで終わらなかった。2薬を飲んで知能をさらに下げようとする奴が出てきたんだ。
―――なんのためにって聞かれても、大した理由はないよ。俺たちはいつだって退屈しているんだ。「人生なんてただの暇つぶし」って言葉があったな。誰の言葉だか忘れてしまったが。とにかく、なにか試していないことがあればやりたくなるのさ。
2薬で知能を下げるのは簡単だが、結論から言うとその後がうまくいかなかった。少し知能を下げるだけでまともに生活ができなくなる。部屋は散らかるし、まともに会話もできない。自制心が弱くなるから、手当たり次第スナック菓子やら甘いものを食べて、もとの知能に戻ったら体重が10キロ増えてたなんて話も聞く。頭だけ子供に戻ってしまうようなものだ。簡単に想像できたことだよな。
まあそんなわけで一度知能を下げたあと、もう一度同じことをやる奴はまずいない。まして繰り返し2薬を飲んでいるのは周りでは俺たちぐらいのものだろう。
2薬を活かすにはコツがいるんだ。
―――俺の周りが騒がしいだろう?
今もその最中なんだが、実は仲のいい連中を集めて近所の幼稚園を貸し切ってるんだ。
笑うなよ。俺たちは休日の幼稚園で2薬を飲んで子供になるんだ。そしたらあとは難しいことはない。女の子たちはままごとを始めるし、男たちはサッカーとか鬼ごっこをして楽しむ。たまに田舎に行って、かくれんぼをしたりザリガニを捕まえたりすることもある。
―――何が楽しいのかって、俺も今は全く同じ気持ちさ。今さらヒーローごっこなんて馬鹿馬鹿しいってな。でも2薬を飲んだ後の自分にとってはこれ以上ない楽しみなのさ。難しいこと考えずに全力で楽しむことがこんなにわくわくすることだってずっと忘れていたよ。
でも一つだけ気をつけなきゃいけない。知能を下げすぎると、終わった後に薬を飲んで知能をもどすって考えに至らなくなる。みんなが揃ってそんな状態になったらちょっと厄介だろう。だから時間を決めて誰かが保護者役をやるのさ。強いて言うならそれが今の俺の役割かな。
さて、そろそろ交代の時間だ。聞こえたか? 「まーくんあそぼー」だってさ。一体いつのあだ名だよ。声は大人のままだからちょっと気味が悪いんだ。
今日は話せてよかった。悪いけど切らせてもらうよ。しばらく先になると思うけど、また連絡するね。それから、あの、ごめんなさい、タツヒコたちがこれから怪獣ごっこやるって言ってるから。―――なにかおかしい? 俺、もういかなきゃ。ちょっとでもおくれると、すぐに悪役をやらされちゃうんだ。それじゃおじさん、またいっぱいお話ししようね。ばいばい!