計算機は、一人の人間の存在が人類を滅亡させると予言した。
予言は計算機が観測する「セカイ」を通じて一定の時間隔で出力された。計算機の予言の正確さは、予言と予言が及ぼしあう再帰的な影響の排除に由来し、連合国は彼らの計算機以外の複製の存在を許さなかった。稼働から四半世紀が過ぎた現在における予言の正確さは連合国の抜け目のなさを証明し続け、それは一人の人間の存在が人類を滅亡させるとした突拍子もない予言を科学者らが受け入れる土壌となった。
セカイの可視化は、予言より多くの計算量を要する。科学者らがセカイにおける人類の滅亡の過程を知ったのは、件の予言の4か月後だった。その間、様々な可能性が指摘された。発言したのは歴史家であり、文化人類学者であり、教祖であり、未来について考えたことのある全ての人だった。最も受け入れられたものは、独裁国家の元首の存在がもたらす破滅的な兵器の使用だった。原因と目された元首は暗殺の可能性に怯え、身を潜めた。
可視化されたセカイでは、原因不明の出生率低下が確認された。それは原因不明のまま人口を減少させ、数百人ほどのコロニーが点在する世界を生み出し、やがてそれらもすべて廃墟となった。
複数の異なる学術領域から同時多発的に、人類を滅亡させる「無名の殲滅者」の存在が指摘された。無名の殲滅者は、狂人とも呼ばれた。狂人は、ありふれた少年かもしれないし、私かもしれなかった。彼らの仮説は、狂人が非明示的に世界に与える摂動が、この奇妙な人口減少をもたらしているというものだった。摂動は、狂人が引き起こすたった一つの事象であるとされ、それは狂人の乗るバイクが引き起こす事故かもしれないし、狂人が救うことで生きながらえた猫の瞬きかもしれなかった。狂人説は凶悪な元首探しにとって代わり、急速に官学民に受け入れられた。そしてこの説は連合国の計算機が観測していないセカイ「IFのセカイ」を探索する無数の計算機の複製を後押しした。
IFのセカイは、一人の人間の不在によってのみ特徴づけられる新たなセカイである。狂人は、このIFのセカイを完全なセカイから最も大きく隔たらせる存在として再定義された。IFのセカイは法外な計算資源の消費を伴うが、狂人によって特徴づけられるIFのセカイを新たな世界とする希望を人々にもたらした。
世界に点在する計算機の複製によって無数のIFのセカイが生成され、上書きされた。それらのほとんどは完全なセカイと寸分たがわず同じ運命をたどった。いくつかの不在者はセカイの滅亡を数日から数年変化させ、特徴的なIFのセカイを生み出した。それらのセカイにおける不在者の多くは、現在の世界における政治的あるいは経済的な有力者であった。しかし、彼らは狂人ではなかった。
科学者らの目は、ある島国に置かれた計算機の複製で、最長寿命の記録を塗り替え続ける一つのIFのセカイに注がれた。すでに彼あるいは彼女のIFのセカイは完全なセカイにおける人類の滅亡時期をとうに過ぎて存続した。彼あるいは彼女のIFのセカイは特段平和というわけではなかった。いくつかの紛争の傾向がみられ、一部の地域では環境汚染が深刻化しているようだった。しかし、他のあらゆるIFのセカイで繰り返し観測された人口減少は、その兆しすら見せなかった。
IFのセカイにまつわる情報は、現在の世界への干渉を避けるため報道が厳しく規制されたが、実際には多くの人の知るところとなった。自分が狂人であるかもしれないという考えは、不安を超えて大きなミームとなり、あらゆるコンテンツや個人的な会話の中で消費された。特定された狂人は連合国によって抹消されることは明らかだったが、抹消はそうと分からない形、起こりうる形で実行されるため、その瞬間を知る術はないと言われた。
狂人探しの終焉は、世界中の計算機の複製の廃棄によって明るみになった。島国の計算機の複製で生み出されたIFのセカイの不在者は、世界のどこかで静かに消失させられたと考えられた。家族ですら(家族がいたとすれば)彼あるいは彼女の真の死因を知ることはなかっただろう。世界から見ればありふれた死は、彼あるいは彼女が人生のどこかで生じさせたであろう摂動を永遠に世界から失わせた。連合国の計算機は改めて唯一の計算機となり、件の予言にまつわる膨大な人的そして計算機的な営みは終息した。
無名の殲滅者、狂人であった彼あるいは彼女のIFのセカイが、現在の私たちの世界である。彼女は消失する直前まで母親の手をひいていたかもしれないし、彼はすでに固いベッドの上で息絶えるところだったかもしれない。
私は狂人ではなかった。それは自分がこの世界にとって取るに足らぬ存在だったことを意味するだろうか。世界のどこかで生まれ、消された私のIFのセカイで、彼あるいは彼女はどう生きたのだろうか。私だけがいない世界で。