Episode 2名前をつけない
三日目に、凪は自分がその猫を待っていることに気づいた。
夕方になると、ベランダの方をちらちら見る。来ると、ほっとする。ほっとしている自分に気づいて、少し慌てる。
「名前は、つけないから」
猫に向かって言った。猫は聞いていなかった。
名前をつけたら、置いていけなくなる。それくらいのことは、24年生きていればわかる。
猫は毎日、違うものを持ってきた。
三日目、ビー玉。緑の。 四日目、片方だけのイヤリング。安っぽい金メッキで、留め具が壊れていた。 五日目、写真の切れはし。人の顔の部分はなくて、たぶん誰かの肩と、背景の壁だけが写っていた。
缶はいっぱいになった。どれも凪のものではなかった。
「あんた、この部屋の前の人のとか、拾ってきてるの」
猫は缶を見て、それから凪を見た。
「返せないよ、もう。誰がいたかも知らないもん」
猫は、ふあ、とあくびをした。
六日目は、何も持ってこなかった。かわりに、凪の膝の上で1時間半眠った。凪は動けなくて、その1時間半、何も片づけられなかった。それでよかった気がした。
引っ越しの荷物は、あと段ボール2つ分だけ残っていた。
—